2012/01/01

平成24年1月の事務所便り

「過労死」をめぐる労災認定事例・裁判例

 ◆過労死の理学療法士について労災認定
昨年10月に急性心不全で亡くなった私立病院勤務の理学療法士の男性(当時23歳)について、横浜西労働基準監督署が過労死の労災認定の決定を行いました(10月4日付)。
遺族側代理人の弁護士によれば、この男性は2010年4月から病院で働き始め、患者の治療計画作成・治療・リハビリなどの業務を担当していましたが、担当患者が増えたことに加えて、研究発表の準備等も行っていたことから、同年9月以降は非常に多忙となっていました。
男性は、早朝・深夜の時間帯に自宅等で研究発表のための準備を行っていましたが、病院側は「勤務ではなく自己研鑽」であるとして、その時間分の残業代は支払っていなかったそうです。
労基署では、研究発表の準備を労働時間として算定はしませんでしたが、これらの時間が男性の重い負担になったと判断し、労災認定を行いました。

 ◆過労死で労災認定を受けた従業員の企業名公表
大阪地裁は、過労死などにより従業員が労災認定を受けた企業の名称を公開しないとした大阪労働局の決定の適否が争われた行政訴訟において、労働局の決定を取り消す判決を下しました(1110日)。
同地裁は、「企業名を公開したとしても、社員のプライバシーや企業の信用を失うおそれはなく、不開示は違法である」と判断したものです。
原告側代理人の弁護団によれば、企業名の情報開示を認めた判決は初めてであり、「企業側が社会的監視にさらされることにより、過労死をなくす努力をより強く求められることになる。健康管理態勢の改善につながる画期的な判決である」として、高く評価しているようです。
敗訴した労働局側では、「労災を発生させたことを広く知られるのを恐れた企業側が、就労実態調査に協力的でなくなる」としていましたが、その主張は退けられました。


未払い残業代をめぐる裁判例と未払い残業の現状

 ◆裁量労働制と未払い残業代
コンピューター会社でSEとして働いていた男性が、裁量労働制を適用されていたものの、実際には裁量外の労働を行っていたとして、勤務していた会社に対して未払い残業代など(約1,600万円)を求め、京都地裁に提訴していましたが、同地裁は、会社側に約1,140万円の支払いを命じる判決を下しました(1031日)。
判決理由で裁判官は、裁量労働制が適用されるSEであったが、ほとんど裁量が認められないプログラミングや営業活動等に従事していたと判断して、「裁量労働制の要件を満たしているとは認められない」としました。
なお、この男性は2002年にこのコンピューター会社に就職し、2009年3月に退職しましたが、退職前の5カ月間は、月に約80140時間の残業をしていたそうです。

 ◆双方代理人弁護士のコメント
男性側の代理人弁護士は「裁量労働制を採用していたのに適用せず、残業が認められたのは珍しいケース」とし、会社側の代理人弁護士は「システムエンジニアの職務の実態を裁判所が理解していない。主張が受け入れられず残念」としています。

 ◆割増賃金の不払い状況
厚生労働省から、全国の労働基準監督署が取りまとめた割増賃金の不払いに関する状況が発表されました。
平成22年4月から平成23年3月までの1年間の間に、残業に対する割増賃金が不払いになっているとして労働基準法違反で是正指導を行った事案のうち、1企業当たり100万円以上の割増賃金が支払われた事案をまとめたものです。

 ◆1社で3億円超の支払いも
この取りまとめによれば、是正企業数は1,386企業(前年度比 165企業増)、支払われた割増賃金合計額は1232,358万円(同7億2,060万円増)、対象労働者数は115,231人(同3,342人増)と、いずれも増加しています。
なお、支払われた割増賃金の平均額は1企業当たり889万円(労働者1人当たり11万円)で、1企業での支払額については、上位から、3億9,409万円(旅館業)、3億8,546万円(卸売業)、3億5,700万円(電気通信工事業)となっています。


2011年の仕事観を表す漢字は「耐」に決定

 ◆1,000人の会社員が回答
株式会社インテリジェンスから、「2011年の仕事観を表す漢字」に関する調査(2539歳のビジネスパーソン1,000人が回答)の結果が発表されました。
以下の結果をご覧になって、皆さんも同じように感じられるでしょうか?

 ◆「学」「変」「考」が新たにランクイン
上記アンケートによるベスト10は、次の通りの結果となりました。なお、カッコ内の順位は前年のものです。
 1位「耐」(4位)
 2位「楽」(1位)
 3位「忍」(2位)
 4位「苦」(3位)
 5位「忙」(7位)
 6位「生」(5位)
 7位「学」(圏外)
 8位「変」(圏外)
 9位「努」(10位)
 10位「考」(圏外)
どちらかと言えばマイナスイメージである「耐」が前年の4位から1位に、「忙」が前年の7位から5位に上昇しました。また、「学」「変」「考」が圏外から新たにランクインしています。

 ◆メーカーは「忙」、建設・不動産は「楽」
業種別に見てみると、メーカーでの1位は「忙」であり、「震災、節電、円高、タイ洪水など、情勢の変化に合わせて自身の仕事も変化したため、忙しい1年だった」といった声が多かったそうです。
建設・不動産での1位は「楽」であり、「不況で仕事が少なく楽だった」という意見が目立ったそうです。しかし、「今後は被災地復興のために、建設業では仕事が増えそう」といった声も見られたようです。


会社員の「転職意識」はどうなっている?

 ◆意識調査の結果から
株式会社日経HR(日本経済新聞社の子会社)では、10月に「転職意識」に関するアンケート調査(1,442 人が回答)を実施し、先日、その結果が発表されました。
転職したい理由、転職で重視することなどが明らかになっており、企業にとっても興味深い結果となっています。

 ◆転職を考えた理由
まず、「なぜ転職したいと思ったのですか?」との質問に対しての回答では、「年収を上げたい」(39%)がトップとなりました。
別の調査(株式会社インテリジェンス)によれば、転職希望者の年収は、前年比で5万円減(平均449万円)となったとのデータもあります。減少は4年連続とのことです。
なお、以下、「会社の先行きが厳しく不安なため」(37%)、「会社の体質が自分に合わない」(32%)、「上司、同僚など人間関係の問題」(14%)、「職種を変えたい」(13%)、「業種を変えたい」(12%)が続いています。

 ◆転職時の最優先項目
「転職先を選ぶ際の最優先項目はどれですか?」との質問に対しては、「仕事内容」(55%)がダントツの1位となり、以下、「年収」(13%)、「勤務地」(9%)、「自身の成長」(7%)と続いています。

 ◆転職時の不安・転職時に知りたいこと
「転職するにあたり、不安なこと・知りたいことはありますか?」との質問に対しては、「自分の年齢に合った求人があるか」(66%)、「自分の経験が生かせる求人があるか」(63%)との回答が多く寄せられました。
以下では、「自分の経験が一般と比較して十分なものか」(33%)、「自分の年齢に合った年収がいくらか」(33%)、「キャリアアップが可能か」(29%)が続いています。


国民年金制度に関する変更点

 ◆第3号被保険者期間中に第3号被保険者以外の期間が判明した場合の取扱い
最近、世間を騒がせている「専業主婦の年金」の問題ですが、今年8月10日から、第3号被保険者期間中に第3号被保険者以外の期間が判明した場合の取扱いが変更されています。
この取扱い変更の対象者は、「第3号被保険者として記録されている期間について別の年金記録が判明した方」です。
これまで、第3号被保険者期間中に第3号被保険者以外の期間が判明した場合に、その後の第3号被保険者期間は、改めて届けが必要とされ、届出が遅れると、届出日以降に第3号被保険者期間とされ、年金が受取れない場合や減額される場合がありました。
この8月10日からの変更では、これらの方について、改めて新たに届けを行うことにより、本来の年金を受け取ることができるようになりました。

 ◆国民年金の後納保険料の納付
平成24年の秋頃から、「国民年金の後納保険料の納付」がスタートする予定です。
これまで、納め忘れた国民年金保険料を遡って支払うことのできる期間(納付可能期間)は過去「2年間」でしたが、後納保険料の納付では過去「10年間」に延長されます。
なお、後納保険料の納付ができる期間は、後納保険料の納付ができるようになってから3年間の予定とされています。
後納保険料の納付には、事前の申込みが必要となります。後納保険料の納付がスタートしたら、お近くの年金事務所に申し込む必要があります。
なお、申出日の属する年度から起算して3年度を越える期間の保険料を納付する際には、保険料額に「加算金」がかかりますので、ご注意ください。


二国間で締結する「社会保障協定」とは?

 ◆日本とブラジルが協定締結
先日、日本政府とブラジル政府が、「社会保障協定」を締結し、来年3月1日に発効させることで合意(公文を交換)したとの報道がありました。
ブラジルの在留邦人数(平成22101日現在)は5万8,374名であり、多くの人に影響を与えると言われていますが、この「社会保障協定」とは、どのようなものなのでしょうか。

 ◆社会保障協定の目的は?
この社会保障協定の目的は、「二重加入の防止」と「保険料掛捨ての防止(年金加入期間の通算)」です。
近年、日本の事業所から海外にある支店や駐在員事務所などに派遣される日本人が増加していますが、このような海外に派遣される人については、年金制度をはじめとする日本の社会保険制度と就労地である外国の社会保険制度にそれぞれ加入し、両国の制度の保険料を負担しなければならないことがあります。これが「二重加入」の問題です。
また、派遣期間が比較的短い場合、外国の年金制度の加入期間が短いことから、年金が受けられないなど、外国で納めた保険料が結果的に掛け捨てになってしまうこともあります。これが「保険料掛捨ての問題」です。
上記のような問題を解決するため、二国間で社会保障協定を締結することにより、年金制度等の二重加入を防止するとともに、外国の年金制度の加入期間を取り入れ、年金が受けられるようにするものです。

 ◆ブラジルで13カ国目
現在、日本と社会保障協定を締結し、すでに発効済みの国は、ドイツ、英国、韓国、米国、ベルギー、フランス、カナダ、豪州、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランドの12カ国で、ブラジルが13カ国目になります。
なお、多くの日本人が駐在している中国とは、現時点で協定を締結しておらず、今後は保険料の二重払いの状態が生じることになりそうです。
日本政府は、協定締結に向けて10月中旬に中国政府と交渉を開始したそうです。


社員の「世代間ギャップ」をどう埋める?

 ◆世代間コミュニケーション調査
独立行政法人労働政策研究・研修機構では、今年1月に「世代間コミュニケーション」についての企業調査を行い、先頃その結果が発表されました。
対象を3世代に分類し、それぞれ世代の入社時点での印象を企業に尋ねたところ、キャリア意識などの面で違いが見られました。

 ◆世代間ギャップの要因は?
バブル期までに採用された世代は、企業から、「組織が求める役割を果たそうとする意識が強い」「失敗や困難があってもやり遂げようとする意思が強い」などと見られているようです。
逆に、19902000年代に採用された世代では、それらの印象が弱くなり、「自分の取り組みたい仕事へのこだわりが強い」「失敗したり困難な仕事に直面したりすると自信を失う」などと見られています。
入社時の資質がそのまま残るとは限りませんが、上の世代は自分が若かった時と比べがちであり、それが世代間ギャップの一因ともなっているようです。

 ◆働く目的は何か?
高度経済成長で豊かになった時代に生まれ育った団塊ジュニア世代以降は、「食べるために働く」意識が希薄だと言われます。働く目的は「自分の能力や個性を生かすため」であり、「給料をもらうために辛抱しろ」といった考えは通用しません。
しかし、下の世代からみれば、会社への依存体質が強くありがちな今の40代に対して不満があるようです。

 ◆部下・後輩に歩み寄ることも必要
若手社員は「自己成長」には強い関心があるため、先輩・上司はその特質を知り、どのように接すれば良いパフォーマンスを引き出せるかを考える必要があるようです。
職場環境は常に変化し、不景気で人員も少ない中で効率を上げることが求められており、コミュニケーションに割ける時間は確実に減少しています。管理職には、自分から部下・後輩に歩み寄り、彼らに合わせる役割も求められています。


女性管理職を育成する「メンター制度」の活用

 ◆今注目される「メンター制度」
相談できる目上の人がいるかどうかは、長い会社員人生にとって大きな影響を与えます。
この相談役のことを「メンター」と呼びますが、このメンターを活用した制度が、女性管理職育成のために改めて注目されているようです。

 ◆どのような制度なのか?
メンターとは、相談者に対して自分の人生経験をもとにキャリア形成の助言を行い、精神的な支柱となる人を指します。人事評価を行う直接の上司とは異なり、「斜め上」の立場から支援を行います。
一般的に、相談者の希望を聞きながら会社の人事部等がメンターの紹介を行い、面談は月11時間ほど、半年から1年で区切るといったケースが多いようです。
メンター制度は1990年代後半から米国系企業を中心に広まりましたが、ここ数年においては、女性社員の育成に力を入れる日本の企業が注目しているようです。

 ◆いかに相談相手を見つけるか
日本の企業では、経営幹部の中心が男性であることが多く、女性管理職が社内で心を許せる相談相手を見つけることは難しいという事情があります。
ある大手企業では、男性役員から女性管理職、女性管理職から女性総合職といったような「メンターチェーン制」というものを採用しているそうです。
男性役員からは、取引先との接し方などを教えられ、「目標が高まり今後のキャリアプランが見えてきた」と話す女性管理職もいるとのことです。

 ◆運用には難しさも
一方、「メンター制度」の運用には難しさもあります。
「女性の課題を理解する男性メンターは限られる」「相談側の問題意識が明確でないと続かない」といった声が人事担当者から挙がっています。また、「単なる悩み相談で終わらないように、キャリア相談か昇進支援かといった目的を明確にする必要がある」という指摘もあります
上記のような点が、今後の課題と言えるでしょう。


「受動喫煙防止対策助成金」の創設

 ◆喫煙室の設置等に対する助成金
今年101日から、旅館や飲食店等の中小企業事業主が実施する受動喫煙対策の取組み(喫煙室の設置等)に対しての助成金が創設されています。
この助成金は、一般の事業場と同様に、旅館や飲食店等においても換気等の措置だけでなく受動喫煙防止対策としてより効果的と考えられる喫煙室の設置による空間分煙の促進を図るため創設されたものです。

 ◆支給対象となる事業主は?
以下のすべての要件を満たす事業主が対象となります。
(1)労働者災害補償保険の適用事業主であること。
(2)旅館、料理店または飲食店を営む以下の中小企業事業主であること。
・旅館業:常時雇用する労働者100人以下または資本金の規模が5,000万円以下
・料理店または飲食店:常時雇用する労働者が50人以下または資本金の規模が5,000万円以下
(3)(4)に規定する措置を記載した計画を作成し、当該計画を都道府県労働局長に届け出ていること。
(4)室内またはこれに準ずる環境において、客が喫煙できることを含めたサービスの提供をする場合、(3)の計画に基づき、一定の基準を満たす喫煙室を設置するなどの措置を講じたこと。
(5)(4)に規定する措置の実施の状況を明らかにする書類を整備していること。

 ◆助成内容は?
助成額は、工事、設備費、備品費および機械設置費等、喫煙室の設置等に係る費用の4分の1(上限200万円)で、支給単位は事業場単位、1事業場当たり1回のみです。
助成金を受けようとする中小企業事業主は、「受動喫煙防止対策助成金関係工事計画」を策定し、これを事業所の所在地を管轄する都道府県労働局に提出し、あらかじめ認定を受ける必要があります。
受動喫煙による健康への悪影響から非喫煙者を守るルールは、今後より一層強化されることが予想されます。対象となる企業では、この機会に助成金を活用し、分煙体制の整備を検討してみてはいかがでしょうか。


中国における外国企業・外国人からの社会保険料徴収

 ◆二重払いとなる日本企業
中国で新たな社会保険法が施行され、中国で働く外国企業・外国人を対象とした社会保険料の強制加入手続が一部で始まっているようです。
駐在員1人当たりの負担は年間約80万円と試算されており、日本国内でも社会保険料を支払っている日本企業は二重払いを余儀なくされます。

 ◆中国の社会保険の種類
中国の社会保険制度は「5険」と言われ、「養老保険」「医療保険」「失業保険」「労災保険」「出産保険」があり、毎月の収入をベースに保険料が算定されます。
日本からの駐在員が多い北京市の場合、40%台前半(会社・個人負担の合計)の保険料率になるようです。

 ◆徴収の対象と上限
ビザを所有する外国人で、営業をしていない駐在員事務所も含まれます。収入に対する負担率で徴収額が決まりますが、基準となる収入の定義は「日本での支給分を含めた給与の合計」とされます。

   ◆対応にバラつきも
中国では、徴収主体が地方政府にあるため、市によって負担が異なります。日系企業が多く集まる上海市、広州市、重慶市などが静観するなか、企業優遇策を撤廃する方向の大連市などでは、負担が重くなるようです。
このように地域によって対応にバラつきがあることから、今後は、負担の軽い地域を駐在先として選択することも考えられます。

  ◆望まれる社会保障協定の早期締結
日本政府は、保険料の二重払いを回避するため、中国政府との社会保障協定締結交渉を始めています。
協定が締結されれば、駐在期間が短い場合には駐在国における社会保険料を負担しなくても済むなど、負担減となります。
しかし、交渉妥結には数年かかるとも言われており、この間は二重払いの状態となります。